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日々の新しき出会い

気の向くままに・ぶらり京の街散策・・・

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東福寺の紅葉・・ 

東福寺の紅葉
京都五山の一つ鎌倉時代、時の摂政関白藤原道家が九条家の菩提寺として造営による京都最大の大伽藍を持つ禅宗寺院、境内に有る「通天橋」はモミジの名所として有名です。



臥雲峡から眺める「通天橋」の様子
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通天橋から眺める紅色に染まる見事な錦絵・・(人の波に押されながらの観賞でした。)
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右を眺めても左を見ても境内の至る所、赤々見事に朱色に染められて居ました。


此方は少し落ち着いた黄葉や緑葉・・も楽しむ事が出来ました。
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連休の中日チョット時間が取れ出掛けましたが・・凄~い人人人・・三門に着くまで随分の時間が・・
引き返すにも身動きとれず其のまま前に進みます例年にない込みように驚くばかりです。
でも、見事な紅葉が見られ満足満足で家路に~~着く事が出来ました。ご覧頂き有難うございます

category: 名所、社寺仏閣

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真如堂の紅葉 其のⅡ 

三重塔辺りの景色・・






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category: 名所、社寺仏閣

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真如堂のモミジ・・其の1 

真如堂では、綺麗な紅葉が始まっていました


三重の塔の辺りも青葉、黄葉、紅葉と見事なコントラストで楽しませてくれました。


色とりどりに織りなす錦秋の醍醐味・・に目を奪われながら~~
木立の間からも可愛い紅色のモミジが・・
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category: 名所、社寺仏閣

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京都洛北鷹ヶ峰「しょうざん」・・ 

京都洛北、鷹ヶ峰「しょうざん」
紅葉の具合は??と思いながら出掛けてみましたが~~



門屋根に掛かるモミジが日の光に映え眩い位です・・


ご門を抜け庭園内に・・まだ紅葉には早く人影も無く広い園内貸切状態です


庭園内を流れる小川・・涼やかな流れ川面に映す木々の緑、緑深い苔の見事な事・・
本格的に紅葉が始まると川面の様子も紅色と変わる日も近い事でしょう~~

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庭園内に点在する鄙びた趣の有るお茶室・・'


お茶の花でしょうか?可愛い実をつけていました。
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庭園の西端「御土居」の辺りで見かけた楓・・


御土居の散策道を行きますと突然現れた小さな瀧??・・


御土居を流れる神屋川・・
紅葉が始まると此の辺りも一面の朱色に染まる日が楽しみです・・


綺麗な深緑の苔の上にひらりと落ちた紅の葉・・チョット悪戯して見ました・・


今年は、京都の紅葉も少し遅れるのでは・・と言う予想が出ている様ですが~~如何成ります事やら・・
京の町が紅に染まる日が待たれます・・

category: 名所、社寺仏閣

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豊国神社(梵鐘 其のⅡ   

豊国神社(方広寺)の梵鐘(重要文化財)・・

唐門内に見る拝殿と本殿の様子・・
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秀吉公にちなみ見事な数の「ひょうたん絵馬」や「草履」の絵馬が・・・


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京都にもあった大仏殿・豊臣家滅亡の口実となった鐘 この豊国神社の地続きに方広寺があります
梵鐘(方広寺) 徳川家康を怒らせ大阪冬の陣の起きたきっかけとなった、「国家安康君臣豊楽」の文字の入った
大鐘が、この豊国神社にありました




梵鐘の天井には、色々な怨念を鎮める様願をこめて描かれ奉納された「天女の図」・・


方広寺の鐘楼にある銅鐘は、高さ4.2メートル重さ82.7トン、知恩院、東大寺の銅鐘と並んで
日本三巨鐘の一つに数えられています。(ちなみに鐘楼底辺部の幅は30センチと聞きました)
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豊臣家を滅亡に導いたとされることで有名な鐘楼に吊された大きな鐘には、「国家安康」「君臣豊楽」の
文字が残って、今でも見ることができます


方広寺は,かつて秀吉が諸侯に築造を命じた大仏殿を擁した寺として名が残るが,大仏とともにこの寺も,地震,火災,徳川家による解体等に見舞われて,これまた歴史に翻弄され数奇な運命を辿っています
現在,大仏殿という巨大建築物の存在を偲ばせるものは何もなく,境内には鐘楼ぐらいしか目に付かないが,
僅かに表通りの寺の塀にあたると思われる辺りにその痕跡が残されているますが
 巨大な石組みの塀がそれである。その石の大きさたるや,町の中では滅多にお目にかかれない大きさで,
秀吉の権勢の一端とともに,在りし日の大仏様の巨大さも偲ばれます。
 また,この方広寺は豊臣家を滅亡に導いた寺としても有名で、鐘楼に吊された大きな鐘には,
「国家安康」「君臣豊楽」の文字が白ペンキの枠で囲まれ,ハッキリと見る事が出来ます。


これが徳川家康を胴斬りするものとして鐘銘事件に発展、豊臣家滅亡の糸口になったと言われ
この鐘の内部に白い雲のようなものがあり、人が立っているように見え、
淀君の怨みが幽霊になって残ったものと・・今も伝えられております (冊子等参照)

category: 名所、社寺仏閣

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