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日々の新しき出会い

気の向くままに・ぶらり京の街散策・・・

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豊国神社(京都、東山)・・其の1 

豊国神社
慶長4年(1599年)、東山三十六峰のひとつ阿弥陀ヶ峯に、秀吉を「豊国大明神」として祀る壮麗壮大な神社が創建された。しかし大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡した後は、徳川幕府の命により廃祀。以後250年もの間、草むらに埋もれ庶民の参拝もできない状態で放置されていた。

豊国神社の大鳥居・・


復興されたのは、明治時代に入ってから。明治元年(1868年)明治天皇が「天下を統一しながら幕府を開かなかったのは尊皇の功臣である」と豊臣秀吉をたたえ、豊国神社再興を命じ、明治6年(1873年)には、別格官幣社に列し、
同13年(1880年)、方広寺大仏殿跡地に社殿が完成し、名実ともに復興されました。


(画像の上でクリックを・・再度クリックで元の画像に・・)

豊公大石垣
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(マウスオンで2枚の画像を・・)
太閤大仏造営にあたり21ヶ国に巨石を求め俗に言う石狩りと言われ諸大名が競って自領の名石を運び
その大きさも争ったと伝えられ蒲生石、蜂須賀小六の泣き石等の名も残っています延長九百米が現存しています

なみなみと清水を湛えた手洗い蹲には、立派な「五七の桐」のご紋章が刻まれていました・・
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(マウスオンで2枚の画像を・・)

秀吉を祀る豊国神社は、豊臣家滅亡後、家康に取り壊されましたが、明治13年に再建されました。
参道にある唐門は、伏見城の城門の一つで国宝に指定されています。

唐門(国宝)

豪華な彫刻が施された唐門は、南禅寺金地院から移築したもので伏見城の遺構と伝える・・


国宝唐門は,西本願寺の唐門(通称日暮の門)とほぼ同様式であるが,神社と同様,数奇な運命を辿っていて
伏見城の城門であったとの説だそうです
(数奇な運命を抱えながら長い年月風雨にも耐え今尚、凛とした神々しい姿を見せる唐門に
感激しながらタダタダ見入るばかりでした)

唐門の扉



「鯉の滝登り」の彫刻 この唐門は立身出世の関門「登竜門」になっている。出世開運の社にふさわしい
この唐門をくぐると、出世できるといわれて普段は、門をくぐって中に入ることは出来ませんが
お正月の三が日やご祈祷の場合は、唐門をくぐることが出来ます。

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(マウスオンで2枚の画像を・・)


↑の画像、少しご覧に成りにくいかと思いますが・・
唐門、正面上部の鶴の彫刻には目玉がないため「左甚五郎の目無し鶴」と呼ばれ、
これは名人・左甚五郎の彫刻の出来が良すぎたために、鶴に目を入れると魂が宿り飛び去ってしまうと思い、
鶴の脱走防止のためにあえて目を入れなかったのだそうです

徳川家康を怒らせ大阪冬の陣の起きたきっかけとなった、「国家安康君臣豊楽」の文字の入った大鐘が、この豊国神社にありました・・(冊子より参照)大梵鐘は、次回へと続きますのでご覧頂けると幸せです・・

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category: 名所、社寺仏閣

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